仮想社会のジェンダー平等
仮想空間において、望ましい社会を作り、そこに世界の何億人ものユーザーがアクセスしたら、現実のほうが仮想社会が作る理想像に近づくことがあるかもしれない。
ここのところA Iを活用して外国語を学ぶ人が増えている。
日本在住30年になる相方が、毎日コツコツとスマホに向かって日本語を学ぶ姿を見て私も古い記憶を呼び覚まそうと、昔学んだフランス語レッスンに登録してみた。
こちらの間違いにはブザーが鳴り、文法の解説などもあるが、アプリにバグがあれば利用者からも指摘できる機能がある優れもの。
ある日、女性のキャラクターが出会い系サイトで見つけた人とカフェで待ち合わせをしている、という状況設定のレッスンがあった。
しかし例文では、彼女が「彼女」に会いに行くとなっている。
待てよ。デートの相手の代名詞は「彼」じゃないのか・・・。このアプリのバグにちがいないと、指摘しようとしたところで手が止まる。いや、アップデートされていないのは私の方だ。このキャラはレズビアンなのだ。
なるほど、2013年に同性婚を合法化したフランス社会を反映して、アプリはそうプログラムされている。優れもの。
アプリが映す現実
結婚する「彼」同士のカップルもあれば、一人で子どもを育てる男性もいれば、あばあちゃんと生活するフリーターの孫も登場する。
レッスンを進めるにつれ、同じ性のカップルがいても立ち止まって考えることがなくなった。
大統領も学校長も会社の社長でさえ、女性やピープル・オブ・カラーがいる。日常には多様な人がいるという設定のアプリに、慣れていった。
さらに言えば、週の労働時間を35時間にしたり有給休暇取得の例文も出てくる。「妊娠する」とか「子どもを持つ」といった表現もあるが、必ずしもこの価値観をもとに登場人物の幸せが設定されているわけではない。
驚いたのは、相方が日々上達を見せる日本語の方も同じキャラが同じような設定で登場することだ。さて、日本の実社会は正しく映し出しているだろうか・・・。
強く豊かな社会とは
2月の衆議院選挙では、「日本列島を強く豊かに」というスローガンを打ち出した自民党が圧勝し、第2次高市内閣が発足。日本史上初の女性首相が再び選出された。
スパイ防止法、軍事力の強化、憲法改正、責任ある積極財政などを政策として掲げるが、生活くささに欠け、マイノリティのための施策もない。女性リーダーなのに、これまでの男性リーダーたちとなんら変わらない。
昨年10月の自民党総裁選で、決選投票の末に小泉進次郎氏を破った高市氏は、「働いて働いて働いて働いて、働いてまいります」と決意表明していることからも、首相のポストに就くまでに、意思を持ち、努力をしてきたことは間違いないだろう。
しかし「自身」を削り、誰にも負けない強さを培うことは、国民の生活を豊かにする道筋なのだろうか。女性やマイノリティが暮らしやすい制度や方針なくして「豊かな日本」が築けるのだろうか。
私たちが女性リーダーに求めるのは、共通する経験から生まれる共感力だ。それは、不均衡で不平等なこの社会で、私たちが力を十分に発揮し、自分らしく生きられる土壌を作るために必要だと思われる。

女性への資金投入は子どもや地域のため
米経済誌フォーブス(2026年2月)では、この土壌作りを進める慈善事業分野の女性リーダーが紹介されていた。メリンダ・フレンチ・ゲイツ氏だ。
メリンダさんは、マイクソフト元最高経営責任者(CEO)のビル・ゲイツ氏と2021年に離婚。財産分与のほかに得た125億ドル(およそ2兆円)を元に、ジェンダー格差を埋めるために独自の財団を設立。女性や少女の権利のための活動に資金投入している。
メリンダさんは、共同会長を務めていたビル&メリンダゲイツ財団の活動を通して「女性と男性とでは資金の活用法が異なる。女性は収入を子どもの教育や保健に当てる傾向が強い。女性への支援を充実させれば、長期的に見て、家庭や地域に利益がもたらされるとわかった」と話している。
また女性支援団体は、保健、教育、貧困、人種差別などの課題に取り組むことが多いため、この活動が拡充すれば、その成果は同じように家庭や地域に浸透すると言う。
しかし世界的に見ても、女性や少女が抱える課題の取り組みには十分な資金が投入されていない。米科学誌ネイチャー(2024年10月)によると、2020年には女性の健康のために割り当てられたのは、世界の研究開発資金のうち5%にすぎず、4%が女性のがん研究、婦人科系の病気の治療については1%にすぎないという。
偏見と闘う
年が明けてから、メキシコ人の友人が体調不良で2カ月に及ぶ休職を余儀なくされた。悩んだ末に、大好きだった仕事を辞めるという。世界的に展開する労働NGOの副代表に就任してから、3年も経たないうちの出来事だった。熱意に溢れ元気いっぱい仕事を楽しんでいた彼女が、悔しさから涙を流していた姿が忘れられない。
理由は、重度の更年期障害。それに加えて時差をいくつもまたぐオンライン会議や、各国への出張が続き、健康を害していたという。仕事で世界を駆け巡り、帰国しても自宅にいる間は常にパソコンに向かう時間が多い働き方は生活にも響き、娘たちの心理的健康状態にも影響した。家族会議を重ねる中で、夫とは離婚寸前までいったと語ってくれた。
結局、グローバルに活動する夫の弁護士キャリアを優先し、彼女が前線を退いて、妊娠出産以来ふたたび家庭にいることになった。この決断は、更年期障害よりもしんどかったかもしれない。
オープンな人ではあるが、組織のスタッフには「健康上の理由で退職を余儀なくされた」とは言わないで欲しい、との付言が。ただでさえ、男業界男性中心と言われる労働運動/労働組合界隈で、退職の理由が「更年期障害」や「精神的なストレス」「家庭の事情」とわかれば、「だから女は使えない・・・」と片付けられかねない。彼女はずっとこうした偏見と闘ってきた。それなのに結局そう思われてしまうような事態は、彼女にとって屈辱でしかないのだ。自分の後にも女性が続くよう、道を切り開いてきた努力が無駄になってしまうとの配慮からでもあった。
実現したい社会を仮想空間で作る
女性のリーダーが増え、女性の国家元首が市井の女性たちに共感して、その視点が政策に生かされるのであれば、こうした心労はいらなくなるはずだ。婦人科系の疾患の研究調査に潤たくな資金が投入されたり、防衛費よりも家計を支える政策がとられたりするのではないか(食品の消費税ゼロを2年間限定にするだけでなく)と考えるのは、短絡的すぎるだろうか。
メリンダさんの報告のように、さらにはそれが家庭や地域へとトリクルダウンし、自分にも周りにも豊かさが行き渡るかもしれない。そんな社会も、AIの外国語学習アプリが作る仮想空間では実現可能だ。
それは慈悲でも配慮でもなく、もちろんバグでもなく、「平等」で「公正」な社会のあり方なのだ。仮想空間において、望ましい社会を作り、そこに世界の何億人ものユーザーがアクセスしたら、現実のほうが仮想社会が作る理想像に近づくことがあるかもしれない。
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