グーグル社員が日本の労働法を支えに「退職勧奨」跳ね返す交渉
一発解雇となってしまった米国の社員と、それを回避できた日本の労働者。何が違うのか。東京のグーグル合同会社で働く“グーグラー(Googler)” たちに聞いた。
世界中に進出し各国に現地法人を持つ、米ビッグテック企業グーグル。そのグーグルが、2023年1月、世界中の従業員のうち6%の社員を「解雇する」と発表し、世界に激震が走った。アメリカ法人の社員の中には一夜にして会社へのアクセスも雇用も失う社員が出た一方で、日本では労働組合が結成され、退職勧奨を受けながらも会社に残って勤務をつづける社員たちがいる。同年3月には第1回団体交渉が開かれ、その後、会社と組合間との話し合いは続く。
2023年3月、グーグル日本法人の社員も解雇の対象となった。
フランクさん(仮名、30代)は一通のメールで、自分がその6%に含まれると知った。そこにはこうあった。
「あなたの職務も該当しているので、離職同意書を添付します。2週間以内に署名してください。これまでの貢献に感謝します」
メールには同意が「任意」であるとの説明はなく、「解雇」という言葉も使われていなかった。フランクさんは、すでに離職に同意したかのような文面が気になった。
私にとって退職するという選択肢はなかったので、合意書にサインしなければどうなるのか聞きました。すると、『サインすれば、退職金などが一通り支払われるが、そうでなければ何が起こるかわからない』と担当者は言ったんです。これは会社の戦略なんだと思いました」
違法を承知で離職合意取り付け
グーグル社の戦略は他にもあった。
離職を促す面談が、グーグル合同会社ではなく、デロイト トーマツ コンサルティング合同会社の担当者と行われたことだ。
担当者はさらに、「2週間の期限を無視した場合、サインをするよう複数の人から嫌がらせを受けることになる」とも回答した。
しかし、退職勧奨に応じないから嫌がらせをすること自体、法律違反ではないかと思ったフランクさんがそう指摘すると、相手は「そうです」と言い放った。
はじめは自分が対象とされたことに驚いたが、同時期に労働組合が結成されつつあることや、日本の労働法の下では労働者は保護されると聞き、一筋の希望の光が差した。
外資系企業であっても日本で事業をしているならば、労働基準法や労働安全衛生法、労働組合法といった日本の法律に即して経営に当たらなければならないのだ。
会社からのメールに耐える日々
フランクさんは離職する気は全くなかったので、労働組合に入ることを決意した。結成されたGoogle Japan Unionに加入し、3月の団体交渉にも臨んだ。
およそ50人の組合員が出席した団交で組合は、組合員に対し退職勧奨も解雇も行わないことを要求した。また、離職合意を強要するメールの送信はハラスメントに該当し、日本の労働法に照らして違法だと指摘した。
会社は合意取り付けのために手段を選ばないだろうと聞いていたフランクさんは、「少なくとも会社が強制することはできない」と確信していたため、これを拒否。期限までの2週間、毎日届くメールに耐えた。期限が近づくとメールの数は増えた。人事担当からは、すでに合意したかのように「転職の成功を願う」といったメールも届いた。
「これにはもちろんストレスを感じましたが、予想はしていたので驚きませんでした。2週間だけ耐えようと自分に言い聞かせてがんばりました。組合員でもあったので、法的には大丈夫と思っていました。早い段階から心を決め、自分の決意を曲げないようにしていました」
望まぬ配置、でもその中で
その甲斐あって、フランクさんは2週間の期限が過ぎた今も、グーグルジャパンで仕事を続けている。
ただ、離職合意書へのサインを拒否した社員は、それまでの担当業務から外され、自分の職歴や技術にそぐわない業務に配置された。
フランクさんが今いるのは、個人客からの問題対応にチームで当たる部署。他国籍の企業に委託されるような仕事だ。「日本のグーグルで働く正社員には不適応だ」とフランクさんは抗議したが、この境遇を跳ね返そうと知恵を絞る。チームのメンバーにいる組合員とは、「互いに支え合い、組合活動では力を発揮しよう」と話し合う。
離職を拒否した社員らで構成されるチームは、他の社員と違う階で孤立させられている。チームイベントや社員交流、社の上層部の訪問に合わせて企画される催し事業の最新情報も届かず、参加対象からも外された。
「会社は、この配置転換を一時的なものだと言うが、どのくらいの期間この状態が続くのか、一切説明がない。会社は私たちを不安にさせ自主退職するのを待っているのかもしれない。時間軸が示されない状況に置かれてストレスを感じる仲間もいると思う。私は自分ではどうしようもない事態に対してはできる限り落ち着こうと努めています」
完全に排除されている状況下では、社の動きが全く見えない。しかし、会社が自分を先の見えない状況に追いやり、不安を煽っているのだろうとフランクさんは想像している。

「そうした事実はない」とグ社
こうした苦しい中でも、労働法があって労働組合の権利が守られている国にいるからこそ、仕事内容に満足していなくとも、これまでと同額の給料を確保できている。
グーグル合同会社は、離職について社員にメールを送ったことや、該当社員との面談業務をデロイト トーマツ コンサルティング合同会社に委託していることについては、組織体制の詳細であり公表していないと言う。
さらに、離職を勧められた社員が2週間の期日を過ぎても署名しない場合、「複数の人から嫌がらせを受けることになる」と追い打ちの連絡もしていたことについてグーグル側は、「そのような事実は確認していない」と述べた。
米で起きた無情な解雇
一方で、この方針が発表されたアメリカのグーグルでは、その対象とされた社員が即日解雇された。
グーグルCEOは、1万2千人を人員削減の対象とすると、2023年1月20日付のメールで全社員に通知。報道によれば、アメリカで対象とされた社員の中には病気療養中や産休中の人もいたという。
しかし、労働者代表や組合との協議がない中で、一方的に解雇することは事実上不可能であるフランスやドイツなどのEU諸国では、希望退職を募ったり労働委員会で協議したりして、即日解雇の事態は起きていない。
こうした日本以外の状況を知っていたフランクさんは、日本でも人員整理にかかるとは思っていなかったと話す。
「もし自分がアメリカにいたら、会社に言われるままに失職していました。日本にいる自分は少なくとも反撃できているし、それがエンパワメントになっています。もちろん、力が及ばないことが多くて無力感もある。失職したら多くの人がそう感じるのは当然です。たった一晩で、仕事へのアクセスも仕事自体も失ったら、とてつもない無力感に陥る。少なくとも組合員とともに闘い続けられている自分は恵まれています」
世界企業に抗い、労働者もグローバルに情報交換
グーグルは創業当初、家族のように社員を大切にし「社員中心」の社風があったという。米ニュース報道番組CNNによると、創設者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが株主に送った2004年の手紙には「自らを“グーグラー(Googlers)”と呼ぶ社員は、我々のすべてだ」とし、だからこそ時間をかけて「福利厚生を削減させるのではなく充実させていくことになるだろう」と記されている。だが企業規模が拡大するにつれてその意識は薄れ、官僚的になっていった、と関係者は語る。
企業がそうしたグローバルな展開をしたのであれば、社員間でもグローバルに情報交換を進めている。フランクさんは、退職勧奨の対象とされても仕事を続けられている自分について、アメリカの社員が驚いていたことが忘れられない。
労働法や労働組合の存在を知り、労働者の権利について学んだフランクさんは、会社や仕事内容を自分のアイデンティティとして捉えることに疑問を感じるようになった。
「会社が、社員の福利や精神面での健康に気を配っている心配していると感じて、まるで家族のようだと言う人もいます。自分と会社を同一視し、自分の価値を会社に重ねて理解する人にとっては、一夜にして会社が自分を見切る現実に、目が覚めるような思いをしたのではないでしょうか。でも最終的に仕事はただの仕事であり、会社は、使えない奴だと思った瞬間に人を切り捨てるんです。グーグルは、事業でも労働条件でもアメリカ帝国方式を他国に押し付けているかのようです。それでいいのでしょうか。事業を世界中で展開するならば、会社はその国の法律や規則に従うべきです」
会社との団交を重ねた結果、不当な配置転換をさせられた組合員は全員、別部署に異動がかない業績をあげることができている。
2023年の記事を再掲しています
Comments ()