情報を巡る熾烈な争い
日本の記者に対する嫌がらせや攻撃が増える中で、メディア労働組合は暴力が現実味を帯びつつあると危ぶんでいる。
オールド・メディアとニュー・メディアの対立が深刻化している。
NHKから国民を守る党やその他新党を結成してきた立花孝志氏は、自身が番組プロデューサーとして勤務していたNHKに対して執念深い敵対者と変貌し、無法地帯と化したソーシャルメディアへと忠誠を移した。経費水増しや不正会計に関する情報を漏洩したとして、退職を余儀なくされたのは2005年のことだった。
立花の逮捕
11月9日、立花氏は、竹内英明兵庫県議に対してインターネット上で集団的な誹謗中傷を主導したとして、名誉毀損の容疑で逮捕された。竹内県議こそ兵庫県知事である斎藤元彦氏を侮辱し、知事を辞任に追い込んだ首謀者だと主張した立花氏は、竹内氏をこう非難した。斉藤氏は昨年11月の知事選で再選したが、これは「フェイク」を報じるオールド・メディアに対抗する動きに後押しされたものだ。インターネット上で執拗な攻撃を受けた竹内県議は、知事選の2カ月後に50歳で自死した。
トランプ米大統領の支持者によるMAGA(Make America Great Again)に似た「ネット荒らし」が、日本でも増えている。政治家や記者を標的にし、虚偽や歪曲した情報を流布して身体的暴力の脅しを加えるものだ。10月の宮城県知事選では、現職の村井嘉浩知事は参政党の推薦を受けた対立候補の和田政宗氏(元NHK職員)に対し、「外資系企業が事実上支配しているなどとして水道売却に関する恐怖をあおった」と非難した。
村井氏は、県営水道事業の運営権を買収した10社の民間企業のうち外資系企業は1社だけだと訴えたが、その主張はネット上に溢れた誤報に埋もれてしまった、と述べている。
宮城県知事選
8月、報道記者もこの情報を巡る熾烈な争いに巻き込まれた。参政党は、定例記者会見で神奈川新聞記者の出席を拒否した。移民排斥政策を掲げるこの党に批判的な記者と神奈川新聞には、参政党支持者から執拗な嫌がらせが届いている。
共同通信の赤坂智美記者は、移民に対するヘイトスピーチを報じたとして、罵声を浴びせられるなど嫌がらせを受けた記者の一人だ。埼玉県の川口市や蕨市に集住するクルド人コミュニティは、反移民派から攻撃の対象とされている。
神戸新聞の記者で労働組合の委員長でもある田中陽一氏は、この事態に危機感を募らせる。田中氏は「ジャーナリストである以上、意見の異なる人たちから批判を受けることがあるのは仕事の一環と理解しているが、このような組織だった嫌がらせは全く新しい現象だ」と語る。神戸新聞では、斎藤知事に関する記事に対し、月500件も電話が殺到した。読者担当だけでは人手が足りず、編集局スタッフも動員して対応した。記者個人に向けた攻撃がこれだけ起きるとは「前例がない」と田中氏は話す。
「この動きが止まらなければ、暴力に発展するかもしれない」と危ぶむ田中氏は、ネットや選挙運動中に暴言が増えていることも指摘する。
例えば、立花氏は兵庫県知事選の報道で、既存メディアがプライバシー保護法を理由にして偏向報道をしたとメディアを非難した。「私たち記者は法を順守しなくてはいけない。しかし立花氏は、斎藤知事を巡る既存メディアの報道姿勢は偏っていると主張したのです」と田中氏は話す。
記者への政治的な攻撃
記者に対する政治的な攻撃は増している。日本各地の地方議会で「偏向報道」を理由にして、報道機関に抗議文を送付したり法的措置をちらつかせながら取材を拒む事例が相次いでいるのだ。日本新聞労組連合会(新聞労連)は、石川県、山梨県、徳島県、沖縄県やその他の県で報道の自由が侵害されていると懸念を表明した。
新潟では10月、重川隆広県議が地元紙である新潟日報の記者の首を絞めたとされる。朝日新聞によれば、被害に遭った記者は全治10日のけがを負ったが、重川氏は「道を塞いでいたので体を押しただけ」と主張し、故意に首を絞めたことについては否定しているという。
奈良県香芝市では昨年、市議会の川田裕議長が奈良新聞のカメラマンによる取材を制限し、議会の許可なく写真を使用した場合は同紙を訴えると威嚇した。川田氏は昨年末に議長職を辞任したが、奈良新聞を「偏向報道をしている」と批判していた。
既存メディアは、兵庫県の斎藤知事に対して辞任を迫ったとして、斉藤氏の支持者からとくに激しい攻撃を受けた。斉藤氏の選挙を取材していた記者は、体を小突かれたり暴言を吐かれたりした。腕章から記者だと見分けがつくと、聴衆が記者を傘で叩こうとしたり、胸ぐらをつかんだりしたこともあったという。
立法事実の存在しない国旗損壊罪なんかじゃなく、維新の藤田文武共同代表やN党の立花孝志代表(どちらも自民党の連立政党と共同会派だな)が駆使する、SNS上で不特定多数の者に特定の個人や団体への攻撃をけしかける犬笛行為に刑事罰を一刻も早く設けてほしい。
— 小野マトペ (@matope.bsky.social) 2025-11-07T15:13:54.305Z
記者の5人に一人は被害
また、日本維新の会の藤田文武共同代表が、しんぶん赤旗の記者の名刺を自身のXアカウントに投稿した事例もあり、多くの人は記者への攻撃だと捉えている。こうした攻撃が組織的に行われていると裏付けできる事実はほとんどないが、政治家が用いる「犬笛行為」であると考えられ、それが支援者を暴力へ駆り立てることがある。
例えば立花氏は、多くの支持者とともに政治家の自宅前や神戸新聞の社屋前で抗議の集会を開いた。「怖いのは、こうした集まりに来る人たちには論理的思考がないことです。話をしても妥協点を見出すことができず、若手や中堅社員は恐怖を感じている」と神戸新聞の田中氏は語る。
神戸新聞デイリースポーツ労組が兵庫県知事選の後におこなった調査では、組合員の5人に一人が「言葉での攻撃を受けた」ことが分かった。名前や写真、取材依頼の文書がソーシャルメディアにさらされた記者も多くいた。神戸新聞以外では記者が精神的ダメージを受けて休職した例もあり、地方では取材に行くことに不安を覚える声も聞かれる。新聞各社は、それまで名刺に記載していた支局の住所や電話番号を削除するといった対処策を講じている。
労働組合が抗議
新聞労連は10月、地方紙労組とともに「これからも事実を探究し伝え続け」「取材機会の制限やSNSを通じた攻撃に抗う」との共同宣言を発表した。新聞労連の西村誠委員長は「記者への攻撃は、単なる労働問題にとどまらず、『国民の知る権利』に関わる問題でもある」と指摘する。
神戸新聞が記者への暴力を強く懸念するのは、1987年の事件が背景にあるからだ。この年の5月、覆面した男が朝日新聞阪神支局(西宮市)を襲撃。小尻知博記者が殺害され、犬飼兵衛記者が重傷を負った。犯人は捕まらないまま、刑事事件としては時効を迎えた。
神戸の政治家には、民主主義の観点から、暴力を鎮静化させる動きを取ってほしいと田中氏は期待している。神戸新聞が受けた抗議電話の中には、朝日新聞阪神支局の殺害犯を模倣して「赤報隊」を名乗る人物もいた。「ネット空間では記者を敵とみなしている人と現実世界では会っている。リアルな暴力に発展する可能性は否定できない。歯止めが効かなくなってきていることへの恐怖感はある」
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