NHKは公に奉仕する日本の公共放送局なのか
いかなる民主主義社会においても、メディアの根本的な役割は、権力の乱用を監視し公の利益のために機能することにあるはずだ。それには多大な努力と勇気が求められる。近年NHKはその役割を怠り、単に政府や権力者の代弁者にすぎないと批判されつつある。その背景を検証する。
第二次世界大戦が終結を迎え日本が降伏してから80年が過ぎた2025年8月15日、NHK(日本放送協会)は『太平洋戦争最終回:忘れられた悲しみ』と題して特別番組を放送した。番組では310万の日本人が亡くなったことを紹介したが、他にも中国人(100万人)、インドネシア人や韓国人などおよそ300万の諸外国の人々が犠牲になったことには一言も触れなかった。日本でもっとも権威ある放送局が、このように重要でデリケートな問題に対してもっと視野を広く持つべきだと思う人もいるかもしれない。
NHKの番組では、日本が太平洋戦争の加害国である事実よりも、その被害を受けた国であるとして紹介されることが多い。エステバン・コルドバ=アロヨの2019年調査によれば、過去40年に放送された日本のテレビ番組のうち88%が日本人を被害者として捉えている。この傾向は、戦争の被害がもっとも大きかった中国との外交が悪化するにつれ、ますます顕著になっている。日本では、終戦記念日のある8月に戦争を題材としたドキュメンタリー番組が放送されることが多いが、1990年代以降、そうした番組は減少しつつある。実際、日本帝国軍の戦争犯罪を特集した番組は、90年代には26あったものが、今ではほとんどないに等しい。
国家の広報機関か
NHKは複雑な組織である。ある作家は、「(NHKは)事実として確証されている内容については放送するが、物議を醸す話題や議論が決着していないものについては放送しない傾向にある」と言う。これは、偏向報道として非難されることを避けたり、国会での予算審議に影響させないようにするためでもある。一方、特に戦争報道では、ニュースの正確性や政府の説明に疑問を呈するドキュメンタリー番組を制作してきたことで、信頼性を培ってきた。2017年8月には、日本軍が1935年から1945年まで統治していた中国北東部で、細菌兵器を使ったとされる731部隊のドキュメンタリー番組を放送し、中国政府から異例の称賛を受けた。
NHKが権威と影響力において競合する相手と言えば、中国の国営放送局CCTVあるいはBBC英国放送局、ドイツのARD/ZDF局だ。NHKは1万人以上の職員を抱え、地上波2局、衛星2局、ラジオ2局、国際放送局を通して150カ国と地域に情報を届ける。およそ6,430億円の年予算で、「政府や民間組織からの影響を受けず」に、質が高く、議論を誘うジャーナリズムを追求することができるため、信頼性の高い公共放送局となっている。
NHKは、ことBBCと比較されることが多い。どちらも放送許可を通して膨大な公的予算があてられ、商業ベースのコンテンツを提供する民間放送よりも好まれる。NHKには国際的な番組を放送する「NHKワールド」があることからも、両者はそれぞれの政府を代表する「声」として特別に位置付けられている。「公の福祉のために」放送することを目的とし(日本放送法第15条)、政治的公平性を保つよう求められている点も共通している。(国家の)政治目的やプロパガンダを喧伝するのは、新聞や週刊誌に任せておくべきところだろう。
キャスターが相次いで降板
しかしながら近年NHKは、メディア本来の役割である権力の監視役というよりもむしろ、単なる政府や権力者の広報機関に成り下がったと揶揄されている。2020年末には、NHKの旗印だった夕方の報道番組『ニュースウォッチ9』の有馬芳雄アナウンサーが降板となったことを週刊誌が報じた。記事では、菅義偉総理大臣(当時)が日本学術会議推薦の新会員105名のうち学者6名の任命を拒否したことについて触れ、これは学者たちが、前任の安倍晋三首相を批判したことに対する報復行為だとあった。同年10月の生中継インタビューで、有馬氏はこの理由を説明するよう菅首相に求めた。有馬は即、交代させられた。
2014年、週刊誌報道では、NHK調査番組『クローズアップ現代』の国谷裕子キャスターが失脚したのも、菅氏への即興質問が問題視されたからだと書いていた。国谷氏は、安全保障法の制定により他国の戦争に日本が巻き込まれる可能性があるのではないか、と当時官房長官だった菅に尋ねたのだ。質問は台本にはなかった。有馬氏の前任者である大越健介キャスターも、安倍政権の閣僚と衝突して更迭されたと言われている。
NHKでは、こうしたキャスターはクビになるのではなく、単に「任期を終えて異動する」のだという。この定期異動制度は、重要なポストに就いている人物がトラブルに見舞われた際、その人物を別の部署へ異動させてしまうという、会社にとっての利点がある。管理職は「任期が満了した」と、もっともらしい説明をするだけでよいのだ。アメリカのテレビではよく見るが、日本において、物申すキャスターは決して公共の電波には乗らないし、自分の立場を超えたとたんに交代させられてしまうのだ。
国谷氏の番組は放送歴20年で、編成の時期を迎えていた。関係者によれば、国谷氏は報酬も高額だっただけでなく、年配の幹部たちに擁護されていたという。ある元NHKキャスターは、菅との対立は「国谷を追い出したいと考えていた人たちにとっては好機となった」と言う。しかし彼女がその職を追われた理由は、政治家の責任を公の場で厳しく追及したことだった。これこそまさに、ジャーナリストの最も重要な責務ではないのか。

政治的圧力
同様なことがパンデミック報道でも見られた。2020年から22年にかけて、日本で新型コロナウイルス感染症が流行したときの報道では、NHKは政府の広報機関だと揶揄された。2020年3月、コロナ感染のために五輪が延期されたと正式に発表されるまで、国内におけるパンデミックの感染状況についてはほとんど報道されなかった。五輪延期が公式に発表されたとたんに、NHKは『ニュース7』での報道を劇的に増やしたという。2021年が明けると、放送を予定していた五輪についてのスタジオ討論を中止し、番組スタッフが憤慨した。
2016年、この論争はピークに達した。当時総務大臣だった高市早苗首相は、放送局が公平性を欠く場合、「罰則規定を一切適用しないということは担保できない」と答弁し、事実上、罰則として電波の停止を命じる可能性に言及した。インターネット上で記事を配信すると、一線を越えたと思われるこの総務大臣発言を批判した者に対して、コメント欄には「中国に帰れ」などの書き込みが溢れた。しかし2023年に公開された総務省の内部文書は、まるで高市発言を批判した側を肯定するかのような内容だった。この文書からはさらに、当時、安倍首相の補佐官だった礒崎陽輔氏が、2014年から1年間、放送法の解釈を変更するよう官僚の説得に動いていたことがわかった。
報道によれば磯崎氏は、「放送法における政治的公平」を放送事業全体ではなく、番組ごとに適応させようとしていたのだ。番組がひとつでも「政治的公平」を欠いていると判断されれば放送番組準則に抵触することになると、64年間変わらず運用されてきた法律の解釈を変えようとしていた。磯崎氏が変更を強く迫った官僚は、「今回の話は変なヤクザに絡まれたって話」などと語っていたことがわかっている。
2024年11月、TBSの時事ニュース番組「サンデーモーニング」において、衆議院選挙を前に安倍首相を批判する岸井氏やその他のコメンテーターを見て、磯崎氏は動かざるを得なかった。礒崎氏は3日、自身のツイッターにも解釈追加の経緯について投稿。「政府解釈では分かりにくいので、(総務省に)補充的説明をしてはどうかと意見した」「数回にわたって意見交換し、後日責任者である総務大臣が適切に判断したもの」などと書いた。
放送局に政治的な公平性を求める法律については、アメリカで先行して1950年、「フェアネス・ドクトリン(公平原則)」が可決している。順守しない局は放送の権利を喪失するという規定だったが、1987年の廃止を境に、放送局は政治思想が際立つようになりアメリカの政治を蝕んでいった。総務省の内部文書にも裏付けられるように、日本においても公平原則を廃止しようとの動きがあったことがわかる。
「公平で中立」を求められるメディア
2014年11月、自民党はテレビ朝日の「報道ステーション」へ書簡を送り、安倍首相が推奨した経済政策アベノミクスや政府についての報道は「公平で中立」であるべきだとした。こうした政府の介入は安倍氏が暗黙に承認し、磯崎氏が納得するような法解釈をすべく官僚は慌てて対応することになった。これはまさに高市氏が主張したことであり、放送法のもとでは、放送局や放送ネットワークが「政治的に公平」でない報道を続けた場合、政府には放送免許を停止する権限があるということだった。高市氏は当時、「自分自身はそうした対策をとるには至らないと思うが、将来的に総務大臣がその権限を執行しないという保証はない」と発言した。
高市大臣(当時)の発言には憂慮すべきであったが、この先の議論は一般市民からは閉ざされた空間で行われたのは言うまでもない。朝日新聞は、放送法を改正するということは、各番組が免許停止の対象となるかもしれず、「民主主義にとって非常に危険」であると指摘した。なぜなら、免許停止を恐れるあまりにプロデューサーがコンテンツを編集し、自主検閲しかねないからだ。
安倍氏と自民党政治家は長い間、「左派ジャーナリズム」が砦となっていることを嘆いていた。安倍氏は祖父・岸信介が1960年に失脚したことや、1990年代に自民党勢力が衰退したのは、特に朝日新聞やNHKのようなメディアに責任があるとした。こうして、権力を監視するというジャーナリズム本来の役割を全うしようとするメディアは、「反日」勢力であるかのように捉えられてしまうようになった。
その一方で、政権からの見えない圧力に迎合しようとするメディアもあった。英タイムズ紙によれば、NHKが「オレンジブック」なる社内の記者ガイドブックを作成したのも、第二次安倍政権が発足したこのあたりの時期だった。
オレンジブック
2014年、英タイムズ紙がNHKの内部告発者からこの記者ハンドブックを入手し、抜粋を掲載した。例えば、戦時中に日本軍の性の相手をさせられた女性については、「いわゆる慰安婦」という表現を避けるよう記載があり、「強制された、売春宿、性奴隷、売春、売春婦などを使用しない」との説明があった。また大日本帝国軍が1937年に当時の中国の首都を陥落したことについては「南京大事件とすること」と書かれている。「南京大虐殺」という表現は、海外の要人などの言葉を直接話法で使うときのみ使用可能とし、カギカッコが使われている時に限定していた。
靖国神社は戦争中の日本軍将校らとともに240万人の戦死者を祀っているが、番組では「war-related shrine(戦争に関係する神社)」「war-linked(戦争にまつわる神社)」「war shrine(戦争神社)」などという英語表現は避けるべきであり、尖閣諸島の説明には、「紛争」や「紛争諸島」などの引用を使用しないこととなっていた。これは、明らかに尖閣諸島は日本の領土であるため、諸島の主権については争いはない、という日本政府の見解を反映している。「問題という言葉は、領土問題は存在しないという日本政府の立場を表現する時にのみ使用される」べきだと、オレンジブックには記してある。英タイムズ紙は「このような規定は、安倍政権の見解を反映しているようだ」と書いた。
当時、筆者はNHKの子会社に勤務していた。ニュース番組を編集・校正するパートタイムのリライターだったが、このハンドブックを見て不穏な気持ちになった。特にジャーナリストとして、そして自主規制について教える立場にあるものとして、落ち着いた気分でいられなかった。まるで歴史が書き換えられているようだった。もっと言えば、NHKの報道能力を完全に弱体化させていた。
尖閣諸島付近の海洋に中国が侵入を繰り返していることについて「紛争」があることはもちろん、戦争勃発も辞さないことを、NHKはどうしたら語らずいられるのか。「慰安婦」問題についても、どうしたらその背景や定義について対立する意見があることを語らずに説明できるというのか。1972年ミュンヘン・オリンピックで17人が犠牲になったテロ攻撃を「ミュンヘン大虐殺」と説明する一方で、それよりも多くの人が殺害された南京についてはそう呼ばなくてもいいというのか。
2017年、私はこの「オレンジブック」からいくつかの事例を紹介しつつ、日本における報道の自由について書いた本への寄稿で、NHKが政府からの圧力に勢いを失っているようだ、と多少嘆いた。「オレンジブック」のようなスタイルガイドは、AP通信社や英ガーディアン紙、BBCなど多くの世界的なメディアが独自のものを発行し、一般公開している。しかしそうしたメディアとは違い、NHKのオレンジブックは「社外秘」とされ、本社ビル(東京都渋谷区)からは持ち出しが禁止されていた。
同年3月、東京都内のテンプル大学で出版記念イベントを開催し、100人ほどが参加した。そこにはNHKの職員もいた。その職員は、出版された書籍に私が関与していたことを管理職に報告し、翌月、私は職場で上司から呼び出された。上司は、契約上、私がNHKの内情について書くことは禁止されていると指摘した。そして私はNHKワールドで働くことを止められ、テンプル大学で開催された出版記念トークの動画をYouTubeから削除するよう求められた。私の解釈が正しければ、これはNHK局内での検閲行為について公共の場で議論しないよう、上司らが私に対して指示したことになり、救いようのないほどおかしな話なのだ。
第4の権力
NHK関係者によると、管理職には政府の方針に公然と反対していると思われたくない人もいるため、同様の反発を受けることがあるという。その結果、ニュース原稿がわずかに操作され、よく言えば視聴者を混乱させ、悪く言えば誤情報を流すことになっている。つまり、歴史問題はほとんどが韓国と中国のせいであり、核のメルトダウンは「炉心損傷」、長期的不況は「景気後退」となり、戦時中に日本の売春宿で働くために10カ国から集められた女性たちは「慰安婦と呼ばれる人々」と置き換えられてしまうのだ。
NHKは、職員のスキル向上のためにカナダの公共放送CBCと人材交流で提携してきたが、CBCからNHKに出向してきたデスクらは、NHKの番組にジャーナリスティックな磨きをかけるために採用されたわけだが、局の慣行に強い不満を示していた。あるスタッフは2016年、「CBCはNHKとの協力関係をやめるべきだ」と書いた。「我々はプロパガンダを認めてしまっている。政府の言い分をそのまま垂れ流すNHKを正当化してしまっている。・・・そこにはジャーナリズムの要素は何もなく、それどころか、これまで自分が確信していたことを覆され、自分の道徳心までめちゃくちゃにされる・・・」。そう嘆いていた。
NHKは公共放送であるから、「・・・国家管理からは独立して運営されるべきである」と自社ウェブサイトに謳っているが、それさえも満たしていないのであれば、ロシア・トゥデイやイランのプレスTV、中国CCTVなど厳格に国家監視の元で運営されている国営放送同様、むしろ「国営メディア」と呼ぶべきではないか。
2000年に出版された『NHK VS 日本政治(Broadcasting Politics in Japan: NHK and Television News)』(エリス・S・クラウス、2000年)の中で、著者のクラウスは、民主主義国家における公共放送局の中で、NHKは最も独立した局であるべきだと指摘している。事業収入の96%を受信料から取得し、政府から直接の資金投入は受けていない(NHK Worldに対しては、少額の予算が決められている。そのためNHKはしばしば、「NHK Worldこそ政府の見解に従うべきだ」と主張している)。政府との間に金銭的利害関係はないため、時の政府から干渉されずにすむはずなのだ。
クラウス氏は、公権力への説明責任があったとしても、NHKは先進的な民主主義国家においてもっとも独立性が担保された放送局のひとつだと書いた。
NHKには、視聴者を疎外してはならない義務がある、とクラウス氏は続けるが、NHKの契約書に記載されている公共放送についての一文を引用して、こう補足した。しかしながら、「第4の権力」としてのジャーナリズムを担うその一役として、政府に説明責任を果たさせるには、国家の恥や外聞さえ包み隠さず伝えなければならないーー。
クラウス氏は30年ほど前の日本について書いているが、政府の不都合な真実を暴くなど、NHKは当時と変わらない国民への重要な義務を負うのだ。
NHKには、あふれんばかりの頭脳明晰な人材がいる。その才能と資金が無駄になっているのを見て、私は胸が張り裂けそうなほど腹が立った。民主主義社会におけるメディアの主な目的は、公共の利益のための監視役として権力の乱用を監視することだ。しかし、これには多大なる努力と勇気が必要なのだ。歴史や外交、領土問題などあらゆる課題について公式見解を述べることによって、対立を回避する方がはるかに楽なのだから。
政府の監視役か「下僕」か
2001年、当時官房副長官だった安倍氏は、戦争犯罪を許した責任が昭和天皇にあるとする2000年の模擬戦犯法廷が、ドキュメンタリー番組として放送されることを事前に聞きつけ、番組が「明らかに偏向している」として介入した。番組は放送されたが、昭和天皇が「有罪判決」を受ける場面はカットされた。さらに、元被害者や元兵士の証言は、予定より短縮された。
第二次安倍政権が発足した2012年、政府はまず、NHK運営委員12人のうち、籾井勝人氏を会長として4人の保守派を役員に登用した。役員には、籾井氏の他に右派メディア『Will』の取材を機に安倍氏と「お近づき」になった、人気小説家の百田尚樹氏、安倍氏が小学校時代に家庭教師を勤めていた、日本タバコの元社長である本田勝彦氏も含まれていた。
百田氏は、戦時中の特攻隊について書いた著書『永遠の0』などを出版し、ベストセラーとなった本書が映画化されて大ヒットした作家だ。2015年、講師として招かれた自民党議員の勉強会で、政権に批判的なメディアは規制すべきだなどと声が上がった。その一方で、沖縄のメディアについて意見を聞かれた百田氏は、地元紙である琉球新報と沖縄タイムスは「つぶさないといけない」と発言した上に、南京虐殺があったという歴史的事実を否定した。
また、2014年の東京都知事選では、元航空幕僚長の田母神俊雄氏を立候補者として支持した。田母神氏は、日本が仕掛けた戦争(1930年代〜40年代)を正当化する論文を書いたことで、2008年、航空自衛隊の航空幕僚長(空将)の身分を事実上解任された。2016年には、都知事選で選挙スタッフに違法な金を支払った疑いで公職選挙法違反で起訴され、有罪となった。
安倍氏が任命したNHK理事には、埼玉大学教授の長谷川三千子氏もいる。長谷川氏は著書『本当に恐ろしい日本憲法』の中で、自殺を抗議の手段とした極右国家主義者、野村秋介の行動を称賛したことで知られているが、そうした趣旨の論文を発表した1カ月後にNHKの経営委員に任命されている。
野村は、自分が所属する右翼団体をばかにした風刺記事を掲載したとして、週刊朝日へ抗議するため、1993年、その出版社である朝日新聞東京本社で自殺を図った。長谷川氏は、野村について次のように書いている。「人間が自分の命を捧げるのは神のみだ。(人の命よりも)意味のある捧げものはない。それが正しい道なのだ。野村氏が20年前に朝日新聞本社で自殺したのは・・・自分の死を神に捧げたのだ」
百田氏や長谷川氏ら安倍氏の命を受けたNHK理事は、2001年に模擬戦犯法廷の番組を「偏向報道」だとして、安倍氏が編集に介入したことを繰り返し否定したが、それを証明できる者は一人もいないだろう。ただ、NHKは現に事業管理を徹底したようで、その結果、NHK職員はますます忖度するようになった。
このことは、籾井氏が早々に示唆していた。2014年1月25日のNHK会長就任記者会見で、籾井氏は公共放送の黄金ルールを破り、事実上、自分と局の職員全員は政府の下僕だなどと発言した。そして国際放送に関しては、領土問題のように国論を二分にする問題を放送する際には、NHKが政府見解を踏襲するのは「当然だ」と言ったのだ。
会見では、籾井氏がNHK国際放送の番組基準は「国の立場を伝えること」だとしたため、記者団からさらなる説明を求められた。籾井氏は、領土問題を例にして「やはり日本の立場を主張するということは当然のことだと思います。政府が右と言っているものを我々が左と言う訳にはいかない」と語った。

政府見解に同調する報道
籾井氏が就任する前にも私はすでに、NHKのジャーナリズムへの姿勢に衝撃を受け、唖然としたことがある。例えば、2010年に沖縄県読谷村で開催された大規模な県民大会の報道が、そのひとつと言える。この県民大会は超党派で呼びかけがあり、多くの県民が米軍普天間飛行場の県外移設を訴えた。NHKは、もっとも重要な情報とも言えるデモの参加者数を示さなかった。これについて尋ねると、デスクは「人数なんてだれも正確に把握できるわけがない」と言った。(英国メディアでは通常、警察と主催団体双方の発表を伝える。)
1週間後には北朝鮮であったデモを報道し、参加者の正確な数字を伝えた。デモは、2010年3月に韓国・天安市の海で起こった韓国海軍の沈没事故には北朝鮮が関与している、という情報に抗議したものだった。
NHKは、日本を代表する放送局だと自負しているため、これまでも政府見解や主張に同調してきた。
例えば2011年の東京電力福島第一原発事故の報道に関しては、放射能汚染について情報の伝達に慎重だった政府に配慮したのか、編集長が「放射能」に代わる表現がないかと言ってきた。原発事故を「センセーショナルに」報道したくないからだという。「我々はCNNとは違う」と言うので、他にどんな言葉がいいか聞くと、「dirt(汚染物)はどうか」と返ってきた。
領土問題や皇室の報道にも同様の傾向が見られる。これらの報道は、編集長に緊張を強いる題材でもある。2016年、当時の昭仁天皇が高齢による体力低下を理由に退位の意思を伝えた。これに触れて、NHKワールドの外国人記者は次のように書いた。「NHKでは、またひとつ日本の時代が終わりを告げようとしていることがわかった。昭仁天皇が退位の意思を示された」。すると編集長は、「平成の時代が終わると決めるのは宮内庁であり、NHKがそのように言うことはできない」として、このリードを削除した。記者は、昭仁天皇の任期を指して「時代の終わり」としたが、これは却下された。
また別の例には、伊勢神宮の式年遷宮がある。20年ごとに社殿を建て替えるたびに行われる儀式で、神道の儀式ではもっとも重要だとされ、これまで何百年にもわたり執り行われてきた。2013年、安倍首相は84年の歴史上初の現職総理大臣として、他8名の閣僚とともに、式年遷宮(「遷御の義」)に出席するため伊勢神宮を参拝した。これは、NHKニュース9ではトップニュースとして報道された。
伊勢神宮は天皇の曽祖神とされる天照大神が祭られているが、ニュースでは政教分離について疑問を呈することもなく、触れられることもなかった。その一方で、天照を洞窟から誘い出すために使われたという鏡や剣など、天皇であることを証明する「ご神体」を移す儀式などが丁寧に語られた。以前は、伝統や文化を尊ぶ気持ちから神社参拝する首相はいたことを踏まえ、総理大臣が伊勢神宮を参拝することに対して不可知論を唱えた学者もいた。しかし中には、伊勢神宮が「政教一致の象徴であり、かつて国体原理主義」だったことを懸念する人もいる、と作家の山中恒氏は述べている。NHKの報道では、こうした肝心な事実はひとつも語られなかった。
メディア機能不全がもたらすもの
往々にして、日本に関する恥ずべきニュースは、海外ですでに報道された後でNHKがかなり遅れて取り上げる。2009年、アメリカでトヨタ車の誤作動により死亡事故が多発し、トヨタがアメリカを中心に大量リコールした問題や、2011年にはオリンパスが10年以上不透明な会計処理を行い発覚した事件がその例とされる。また同年、環境活動家からの抗議によって南極海での日本の捕鯨が延期された。このニュースでも、NHKは諸外国に対して日本の立場を主張することもできたが、数日間放置された。
北朝鮮や領土問題、第二次世界大戦などに関しては、NHKが政府見解に異を唱える傾向はさらに減る。こうしたニュースが放送される直前には、表現に間違いがないか、デスクらが校正者の肩越しからパソコン画面を覗き込んでいることがよくあった。
NHKの内部では、異論も聞く。校閲担当者は、安倍首相がいかにジャーナリズムを「破壊している」かを声高に語ることもあった。2016年2月に開催されたNHK理事会の議事録によると、退任する塚田博之専務理事は、籾井氏が会長に就任して以来、上層部が「ダメージコントロール」を行っていると苦言を呈した。
2015年4月には、専務理事を退任した際の下川雅也氏の茶目っ気たっぷりの餞別の言葉があった。現在の「独立した」NHKと、戦前・戦中のNHKを比較してこう言ったのだ。「戦前の日本放送局(NHK)は実質”国営”放送でした。自主・自立、不偏不党の姿勢を持たず、政府が右と言っても左という勇気を持ちませんでした」
しかし、メディアが国民に代わって権力を監視することができないことは、重大な結果を招く。日常的なレベルでは、複雑な問題(歴史に忠実であること、日本の3大隣国との外交、中国との紛争の可能性)についての議論が軽んじられ、焦点が曖昧にされている。NHKがオリンピック報道において、どこまで妥協したかを見ればわかるだろう。
2021年1月、予定されていた五輪関連の討論番組(24日に予定)が急遽中止になった。明らかに放送スタジオの管理職は、討論会で「今年の夏はオリンピックをやめよう」という気概が高まることを心配していたのだ。NHKで放送されたオリンピックの聖火リレーでは、五輪/パラリンピック開催を反対している人たちの抗議を遮断した。いったい、これのどこが公共の利益のためなのか。
2021年NHKワールドは、政府が福島第一原発から「汚染水」を海洋放出する方針を発表すると報じた。しかし東京電力からの抗議を受け、見出しが書き換えられた。「政府 処理水の海洋放出を承認」。もし水が汚染されていなければ、東電は当初から海へと流しただろう。
長い目で見れば、メディアが喜んで拡散した誤報に基づいて2003年にイラク侵攻を決定したアメリカのように、国民は災難へと強引に引きずり込まれてしまうのだ。メディアが機能不全に陥ったとき何が起きるかーー。日本では、誰も歴史的教訓を必要としていない。
東京大学大学院のメディア研究者である林香里氏は、「論争の回避、視聴者への迎合、偏狭なナショナリズム、これらが現在のNHKの3つの基本方針のようだ。それはしかし、戦後に発展した公共放送の本来の精神からは逆行している」と結論づけている。
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